日: 2009年4月10日

  • 第1回関西ブロガーミーティング行ってきた

    ※この記事は5年以上前に書かれたため、情報が古い可能性があります

    入社して1週間も経たずに有休とか使っちゃってすみません。

    公私ともどもお世話になりまくっていたt.oさんが関西でブロガー向けイベント開催されるというので、これは行かなくてはならん! とはるばる東京から参戦して参りました。

    関西ブロガーミーティング – お気に入りを書く
    http://www.infomaker.jp/favorites/archives/2009/04_08_2215.html

    このイベントの趣旨はまさにこの一文に込められていると思います。

    “東京はイベントが多くていいなー” なんて羨ましがっているだけでは何も始まらないということで、第一回 関西ブロガーミーティングを開催しました。

    確かに東京はブロガーイベントも多いし、PVの多いブロガーや有名ブロガーも東京なことがおおい。でもブログはPVのためだけではなく、有名になるためだけのものでもなくて、ただブログを書いているだけで楽しかったり、ブログを通じて友達が増えたり趣味の合う仲間が見つかったりすることも大事な楽しみだと思います。

    そういう意味において「ああ東京いいよなー」というだけでなくて実際に活動をおこそうというt.oさんの活動は非常に賛同するところであるし、今後もぜひ継続していくといいなーと期待しております。得てしてブログイベントは大きくなりすぎると必然的にコミュニケーションの時間が少なくなるので、最初の頃の小規模な時こそ密にコミュニケーションできて楽しそう。

    ちなみに当日の参加者はこんなかんじ。

    第一回は発起人たるt.oさんも参加者もおっかなびっくりな感じではありましたが、会の終わり頃には気の置けない空気になっていた感じ。次はすごく楽しそうな会場でやるらしいのでそっちもものすごく興味がありつつ、基本は関西圏のイベントなので涙をのんで見守りたいと思います。ああいいなあ任天堂カフェとか・・・・・・。

    継続は力なりといいますし、今後も第2回、第3回とうまく続きますように! そしてまた関西に行く機会があったらお伺いしたいと思います!

  • むしろネットのこれからは編集が大事なんじゃないかというお話

    ※この記事は5年以上前に書かれたため、情報が古い可能性があります

    軽いノリではてブ&コメントしたら☆をいただいたのでちょっと思うところを書いておく。

    ネット文化が読者投稿を失くさせる?(旧題:ネット文化が編集者を失業させる?) – ビジネスから1000000光年
    http://d.hatena.ne.jp/y_arim/20090406/1239028743

    論点をきちんと理解したい人は上のエントリを読んでもらったほうがいいですが、要点はこのあたりかな。

    プロの書き物にばかり接してきた世代、あるいは接している職業人には読めたものではない素人の文章に、ネットユーザはすっかり「慣れて」しまっているのだ。

    文章の良し悪しも内容の良し悪しも、書き手であり読み手であるユーザ自身が判断するというのがネット的価値観といえる。

    ネット文化が読者投稿を失くさせる?(旧題:ネット文化が編集者を失業させる?) – ビジネスから1000000光年
    http://d.hatena.ne.jp/y_arim/20090406/1239028743

    んで自分のはてなブックマークコメントはこんな。

    「編集している」という事実が時に嫌われるだけであって、むしろ編集されたコンテンツは今後ニーズが加速すると思われるに一票

    はてなブックマーク – ネット文化が読者投稿を失くさせる?(旧題:ネット文化が編集者を失業させる?) – ビジネスから1000000光年
    http://b.hatena.ne.jp/entry/http://d.hatena.ne.jp/y_arim/20090406/1239028743

    100文字なんであまり書ききれなかったのできちんとエントリにしてみますが、自分の言いたいポイントは大きく2つあって、最初の1つはそもそも見るべきターゲットが違ってるんじゃない? というお話。

    ブックマークされたエントリーの中では、読者の投稿で編集に投稿内容を短く編集した経験があるという話から、投稿者は編集を好まなくなっており、それを受けてネットの世界では読者の書いたものがそのまま垂れ流されているというのが簡単なあらすじなのでありますが、そもそも論として読者投稿コーナーというのは投稿者のためにあるんじゃなくて、その投稿をおもしろがって読む読者のための場所であり、読者のために読みやすくなる編集であればそれはしかるべきことではなかろうかと思います。

    もちろん編集が投稿をダメにしてしまっては本末転倒ですが、紙面の制約や内容の向上も踏まえた上での編集であり、自信を持って「お前のより編集した方がいいデキだろうが!」といえるような編集であればそれは問題ないはずで、「投稿者がいやがるから編集はなくなる」というのは視聴者無視したテレビ番組作りのような気がしないでもないであります。

    問題は編集と言うよりもそれが「検閲」化しているのであればそれは否定されるべきだし、改悪を生むような編集は嫌われて当然ですが、それをすべて「編集」とくくってしまっては編集業の人がかわいそうかなと思った。

    そしてもう1つ、こっちのほうが大事な気がしますが、ネットでいま垂れ流されている文章もそれは実際問題編集だったり情報の取捨選別が行われているよね、というお話。

    以前なんだかのイベントで、ライブドアニュースの人が「痛いニュースはユーザーの意見がそのまま出ているまさにユーザー視点のニュース」みたいな発言をしていてドン引いた記憶があるんですが、ああした2ちゃんねる系まとめサイトというのは、数あるレスの中からおもしろいモノだけを抽出しているから読みやすくおもしろくなっているのであって、あれはユーザーの声そのままではない。極端なことを言えば特定の事象に対して反論しているレスだけを無視し、肯定レスだけをまとめサイト化したらそれは大きく意見を変えられるわけですし。

    ブログに関してもおもしろいブログの話題というのはクチコミやらはてなブックマークやらで伝播していて、つまりはユーザーの視点による取捨選択を乗り越えたものを見ているからおもしろいので、誰が書いても面白いなんてものでは決してないはず。ニコニコ動画についてもコメント1つ1つがすべて面白いかと言えばそれはきっとないでしょう。

    逆に言えば、2ちゃんねるはまとめサイトではなくすべてのスレッドが平等に面白くて、はてなダイアリーの新着ダイアリーがどれもこれも読み応えのある文章なんてことが現実だろうか、という話。そういう意味では文体こそ素人でも内容は読ませるものであって、それは書き手の才能や努力や編集によって成り立つ部分だと思うので、結局のところ「編集」という作業は情報の流通が進めば進むほど重要になるんじゃないだろうかというのが私の考えであります。

    たとえば「マスゴミ」なんて言われるマスメディアも、仕組みそのものが問題なのか、書き手の質が問題なのかは明確に切り分けるべき。何の知識もなく取材してわけわからん記事を書くとか、自分たちで先に結論を決めていて恣意的にインタビューするなんていう劣悪なメディアは問題外ですが、良質な情報をきちんと取捨選択した上で発信するというマスメディアの存在そのものは、情報が集まれば集まるほど重要になると思います。ただその存在を今後担うのが今の新聞なのかテレビなのかはわかりませんけどね。