会社帰りに本読んでたら止まらなくなって読み終わったらテンションあがりまくっていたのではてブでつけていた宿題エントリーをいきおいでかたづけてみる。若干お酒も入ってるので変なところあったらご指摘ください。
で、今回の宿題エントリーはこちら。
任天堂の復活はありえるか?何故任天堂はDeNAに敗れたのか。
http://www.assioma.jp/?p=1247
そもそも論として根拠としているデータの取り方から間違っているんだけど、ファミコンのボタンが四角いころからテレビゲーマーだった自分が見てきたゲームの歴史とも体感が違いすぎるので、反論というより「ゲーマーが見るゲームの歴史はこうだった」という回顧録としてお読みください。
いわゆるゲーム機ハード競争というのはスーパーファミコンまでは任天堂の圧倒的天下であり、シェアを抜き合うような競争が始まったのはプレイステーションからというのはゲームに興味ない人にとっても共通認識だと思いますが、まずは自分の意見の前にここの部分から。
そういった「一部のユーザ」しか遊べなくなったゲーム市場に対して、プレイステーション陣営は、パラッパラッパーといったリズムに合わせてボタンを押すというシンプルなゲームや、簡単な操作で誰でも遊べる「みんゴル」等によって、今までゲームをしていなかった層を取り込む、または難しくなったゲームによって離れてしまったゲーム層を取り込む事に成功し、「ファミコン帝国」を陥落することに成功した。
ええとね、プレイステーションは1994年12月に発売したものの、1995年に達成した100万台はすでにセガサターンが超えている数値であり、任天堂がスーパーファミコンだったこの時代においては先行者利益を争うこの2社の戦いだったわけです。ちなみにニンテンドウ64は1996年6月に発売。まあこの時点でいろいろ遅すぎた感もあるわけですが。
で、ライトユーザーを取り込むことで成功したというプレイステーションですが、本文で上げられているパラッパラッパーは1996年12月でほぼ1997年のタイトル、みんなのゴルフは1997年7月のタイトル。で、1997年ていうのはすでにプレイステーションが普及し始めている年なので、このタイトルが切り開いたというよりは売れ始めたハードで登場したタイトルでしかないんよねえ。
それを端的に示す情報がファイナルファンタジーVII。当時を生きた人からしたら有名タイトルが次々に任天堂を離れて他のハードへ移る中、最後の大御所であるファイナルファンタジーVIIがPS移行を発表したことで決着がついたと感じた人も多いでしょうが、FFVII発売は1997年1月のことなんですよね。PSへの電撃移籍発表日は細かく調べてないけど間違いなく1996年のことで、つまりここで「ライトユーザー向け」と言われているタイトルはすべてFF7移籍発表後のタイトルなわけです。このあたりはタイトル検索するだけで簡単に年号も出てくるのだが……。
で、当時を生きていたゲーマー世代からすると、スーパーファミコン後期にはすでにROMカセットによる再生産の難しさやコストの高さが課題となっており、流通やコストの面からCD-ROMでスーパーファミコン後期にぶつけてきたプレイステーションとセガサターンは決してライトゲーマー機というより「次世代機」というべきハイスペックマシンでした。当時はかなりカクカクだったとはいえ、セガサターンでバーチャファイター遊べるってのは感動でしたよほんと。
プレイステーション発売当時のラインアップを眺めていても、当時は任天堂で出ていたタイトルをことごとくかっさらうかのようなゲームタイトルが主流。確かにパラッパラッパーやみんなのゴルフが一定のライトゲーマー層を集めたのは確かですが、それはある程度プレステが安定政権握ってからなのよねえ。
プレイステーションのゲームタイトル一覧 (-1995年) – Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%97%E3%83%AC%E3%82%A4%E3%82%B9%E3%83%86%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%B3%E3%81%AE%E3%82%B2%E3%83%BC%E3%83%A0%E3%82%BF%E3%82%A4%E3%83%88%E3%83%AB%E4%B8%80%E8%A6%A7_(-1995%E5%B9%B4)
しかしあれだね、あらためてみるとことごとく任天堂時代のヒットタイトルが95年から96年にかけて移籍してるな……。
リッジレーサーしかり、当時のプレステはゲーマーが楽しめるゲームを安価かつハイスペックに提供していたことが最初の要因であって、ライトゲーマー層というのはセガサターンとの競争にも終止符を打って安定した時代からのお話なので、「プレステの勝因はライトゲーマー層を取り込んだこと」というのはちょいと結果論かなと思うわけです。当時ブームだったウイイレなんて明らかにライトゲーマー向けじゃないしさ……。
さてさてそんなプレステ政権も2までは盤石だったものの、プレステ3発売当初は伏兵というべきか帰ってきた強敵(とも)というべきかの任天堂による新ハード「Wii」によって天下を奪われるわけで、このあたりは最近の事情ということもあって記憶にあたらしいところかと。
Wiiのコンセプトは確かに最初からライトユーザーを狙っていて、事実Wii SportsやWii Fitでライト層を取り込んだ(この点は後ほど詳しく)。ただ、ライトユーザーを取り込んだら勝てるはずのWiiが勢いをなくす一方、PS3がどんどん勢いを見せていることをみると「はたしてライトユーザーの取り込みが成功といえるのか」はここにきて疑問が募るところ。任天堂とDeNAだけを見比べていると、北米ではダンスゲームが好調なXboxや、ゲームソフトの販売本数が上向きになっているPS3の勢いを見誤ると思うのね。
ここで戻るのだけれどWiiは確かにライトユーザーを捕まえられたんだけど、それはライトゲーマーではなかったんだろうなというのが今の感想。Wiiのリモコンやチャンネル構想は確かに魅力的だったんだけど、代わりに失ってしまった大事なゲーマー層というのは大きな痛手だったんじゃなかろうか。まえにファミコンプラザの人も書いてたんだけど、Wii Fitを買った人はWii Fitを買ったのであってゲーム機としてのWiiを買ったんじゃなかったんだよなあ……。まあそれも結果論にすぎないのですけれど。
ちなみにスマートフォン系ゲームは「ソーシャル」と捉えるか「ゲーム」と捉えるかは見方によって変わると思っていて、ゲームの面でいうと当初は無料ゲームばかりだったiPhoneランキングも、ゲームメーカーの本格参入によってランキング上位をごっそりもっていかれていることを考えると、やはり求められているのは「ゲーム」なんじゃないかなと思う次第。もちろん無料ですばらしいアプリもいっぱいあるし、ここから生まれた名作もあるので老舗ゲームメーカーばかりが強いということではないですが、ゲームとしての「質」がきちんと評価されるというのは変わらないんじゃないかなあ。
任天堂が変化に対応すべき時代が来ているというのは自分としても同意すべきところですが、今任天堂が見るべきはもうライトユーザー層ではなく「きちんとゲームをする人」、ビジネス的には「1つのハードでいくつもゲームソフトを買う人」だと思う。ライトユーザーをあれほど抱えながら、いいゲームを出してもソフトが売れず、売れるのはWii Sportsライクなゲームやボードゲームばかりという展開を抜け出すためにはもうゲーム機を超えた変化を期待したいところですが、とりあえず酒の勢いも切れてきたので今宵はこの辺りで。
ゲームの歴史はきっと人によって感じるところもそれぞれだと思うので、みなさまからの興味深い意見もたくさんお待ちしております! とくにセガサターンラブだった人からのゲーム業界視点というのもまた貴重な気がしますですはい。
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